史跡 美術館/博物館

福井市立郷土歴史博物館と名勝 養浩館庭園(ようこうかんていえん)

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福井城址を土橋から抜けた後 北の方角にある歴史博物館と養浩館へ向かいました。

徒歩で7~8分の距離です。(福井駅から信号につかまっても15分くらい)

福井市立郷土歴史博物館

メモ

福井藩主であった松平家に伝来していた重宝や寄贈された春嶽耕記念文庫・越葵文庫などの資料を中心に、

福井藩の歴史、城下町の暮らしぶりや戦災、震災などの資料を常設展示しています。

福井城本丸や九十九橋の復元模型やCGを使った展示も見どころ。

開館時間:9:00~19:00(冬季は17:00まで)

観覧料:平常展示観覧料 ¥220 / 平常展示観覧料+養浩館庭園入園料 ¥350

展示内容

【古代のふくい】

福井市内の古墳から出土した品々。

CGで再現された発掘当時の石棺ですが、なかなかに迫力があります。

【真田地蔵】

「孝顕寺」の首塚にあった真田地蔵。

幸村を討ち取った2代福井藩主松平忠直の家臣、西尾仁左衛門が幸村の供養のため造ったもので、首塚に安置されていたとされる。

しかし、首を埋めたとされる場所は秘密とされ、400年たった現在も謎。

「地蔵尊は幸村の鎧袖を埋葬したもの」という説もある。

「大機院眞覺英性大禪定門西尾建之」の文字が彫られています。

【九十九橋】

【福井城舎人門】

館外北側にある展示「福井城舎人門遺構」は、建築前に見つかった福井城の北の外堀や石垣、土居、門の礎石、砂利敷き道路や水路、武家屋敷の跡など復元されています。

「舎人門」という名は江戸時代の終り頃(19世紀中頃)の様子を描いた福井城下絵図にでてくる名称。

ほかにも「清兵衛町見附御門<せいべいちょうみつけごもん>」「江戸町口御門」「御泉水裏御門」などと呼ばれていたようです。

「舎人門」はさまざまな検討の結果、木造瓦葺の高麗門<こうらいもん>形式で復元されています。

【芝原上水(しばはらじょうすい)】

福井城では、本丸から南東側の屋敷は井戸を掘り、地下水を利用していました。

この本丸の北側から東側の屋敷では、九頭竜川の水を取り入れて整備された上水道を利用していました。

各屋敷にはこの水路から木や竹で作られた樋<ひ>を通って、水が引き込まれました。

名勝 養浩館庭園

チケットは郷土歴史博物館とのセット券を買ったので 養浩館部分を切ってもらいました。

メモ

養浩館庭園は、数寄屋造りの屋敷をそなえる回遊式林泉庭園(かいゆうしきりんせんていえん)で、江戸時代初期から中期を代表する名園の一つです。

福井藩主松平家の別邸として 江戸時代には「御泉水屋敷(おせんすいやしき)」と称されていました。

福井城の本丸から北東約400mの位置にあり、福井城の外堀の土居に接しています。

茶会・饗応の席や藩主一族の休養の場、住居などとして使われ、

5代藩主昌親(まさちか)が相撲を観て楽しんだと文献に残されています。

明治維新後 福井城は政府所有となりますが、御泉水屋敷の敷地は松平家の所有地として、福井事務所や迎賓館の機能を果たしていました。

「養浩館(ようこうかん)」の名は明治17年(1884)、松平春嶽(しゅんがく)によってつけられました。

「人に元来そなわる活力の源となる気」、転じて「大らかな心持ち」を育てることを意味するようになった孟子の言葉「浩然(こうぜん)の気を養う」に由来すると言われています。

庭園の西門から入ったので 屋敷を眺めながらぐるっと池の周りを散策です。

御座ノ間に続く飛石は 福井県内の名石が用いられており、薄い層が幾重も重なった紫色の流紋岩(安島石)は紫色が珍しく、

一乗谷朝倉氏遺跡の館跡庭園にも用いられていました。

他に、敦賀半島のピンク色の黒雲母花崗岩や、青緑色の緑色変岩など、色鮮やかな石が置かれています。

小亭は「清廉」と名付けられています。

休息や庭園鑑賞のために用いられていたと考えられ、御茶屋からの景色に色を添えています。

【養浩館屋敷】

東門の入り口の前を通って、屋敷入口に向かいます。

こちらから 靴を脱いで入ります。

御台所の建具です。

御廊下を通って、御上がり場、御湯殿へ向かいました。

御湯殿(おゆどの)御上り場(おあがりば)は、総ヒノキ造り。

東に突出した変形五角形で内池を渡って作られています。

御湯殿(おゆどの)の床板は中央に向かって傾斜がついており、洗い湯が下に落ちる作りになっています。

こちらは蒸風呂

後方にあった釜場は復原していませんが、屋根の上の煙出しは再現されています。

砂壁に金砂子を混ぜたことから名付けられたとされる【金砂子ノ御間(きんすなごのま)】

ここが、かつての正式な玄関であったと考えられています。

屏風の金雲や浮世絵の「すやり霞」のような金の筋が壁にひろがっています。

【櫛形ノ御間(くしがたのま)】は、池に面して、花頭(かとう)くずしの連窓(れんまど)があり、これが櫛形の間の由来です。

跳ね上げ式の雨戸もついていて、ここから池を眺めると屋形船の趣を感じます。

【鎖ノ御間(くさりのおま)】

「鎖」の名は一般的に、茶釜を吊る鎖、また、建物でも茶を楽しむために茶室と書院をつなぐ意味もあるようです。

この部屋の板戸そばの床板に、炉が切られているとか。(見えないけど)

廊下境となる北面東端に入れられた板戸には 立派な鶏の絵が描かれています。

東向きのこの部屋に 一番はじめに朝陽があたるから 朝を告げる鶏なのだとか。

迫力ある絵は存在感があります。

【御座ノ間(ござのま)】

屋敷の中心となる部屋で、藩主の座が設けられることからこの名がついています。

東に床(とこ)と脇棚(わきだな)、南には出書院(でしょいん)が設けられています。

奥と真ん中の畳は他とは種類が違い、身分の高い方がお座りになる場所だとか。

少し広めの出書院は幅7尺2寸、そこに細い組子(くみこ)による繊細な明障子(あかりじょうし)と、麻の葉模様の欄間(らんま)を建て込んでいます。

桑の一枚板を透彫にした欄間は、子供の健やかな成長を願う麻の葉の模様。 魔除けの意味もあり、赤ちゃんの産着や子どもの着物柄で見ます。 「鬼滅の刃」の禰豆子もこの柄の着物ですよね。

この奥に【御月見ノ間(おつきみのま)】があるのですが この日はお香の会が開かれており 入室できませんでした。

庭園内には まだ肌寒い春の終わりでしたが 可愛い花も咲いていました。

この庭園は福井駅から近いので 福井旅行の際には旅の計画に入れておくことをお勧めします。

注意

注意:お食事処は 近くにあまりないので、お食事を済ませてから来園するか、

お弁当を買って《福井城址で食べるorお隣の御泉水公園で食べる》のがいいですよ。

Nuppe

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