博覧強記

東京街歩き:「八百屋お七」のお墓 円乗寺

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「八百屋お七」といえば、鈴ヶ森で処刑され、そちらの方にお墓があると思っていましたが、ラジオで文京区白山の駅の近くにお墓があるとのことで早速行って来ました。

場所は白山駅A2口の前の地図で確認できました。

駅の裏側にあるので、すぐに行けそうですが、近道がありません、仕方がないので左側の白山下の信号まで歩き、下の道に進むと、旧白山通りに立ち並ぶマンションの裏手にひっそりと円乗寺の入口がありました。

 

まずは、「八百屋お七」について記載します。

天和2年(1682)12月28日本郷丸山本妙寺からの出火(天和の大火)によって駒込あたりが焼けたとき、お七一家も類焼して円乗寺に避難し、そこでしばらく滞在します。このときこの寺の小姓の佐兵衛(名前も諸説あって吉三郎、庄之助と書いてあるものもあります。)と、恋仲になったといいます。

翌年、お七一家は再建した家に戻りますが、佐兵衛が忘れられず、火事で家が焼ければ再び、寺で生活できると考え、放火します。

火はすぐに消し止められ、ぼやにとどまりましたが、お七は捕縛されて鈴ヶ森刑場で火炙りの刑に処せられました。

そんなことが入口の掲示板に書かれています。

ただ、「お七」に関する史実を裏付ける明確な資料はなく、井原西鶴の『好色五人女』や歌舞伎、浄瑠璃の脚本など後世の作家によって脚色された物語が残るだけです。

という訳で、ここに眠る「お七」も真偽のほどは定かではありません。

そして今でも 前田敦子主演で「あさきゆめみし ~八百屋お七異聞」のようなドラマが放送されたりしています。

話の筋が単純で、人の共感を得やすいことから、骨子だけを使って、これからもいろいろな異説がでて来ると思います。

今となっては、本当にこのお寺に、実際の「お七」が居ていたかどうか、本当のお墓かどうかは定かではありませんが、実在の人物であったことは確かですので、その物証のある本寺は「お七」信仰のよりどころとして重要な場所です。

そして、関連するドラマや演劇のクランクインの前に役者さんたちが、お参りする貴重な場所も提供しています。

追記

実はもう一つ お七関係のお寺を見つけましたので追記します。

円乗寺前の浄心寺坂を上り、中山道を北へ少し行った右手にある大圓寺です。

お七を供養するために建立されたお地蔵様です。

お七をの罪業を救うために焙烙(素焼きの土鍋の一種)を被ったので ほうろく地蔵と呼ばれています。



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