博覧強記

東京街歩き:湯島天満宮

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中央線の御茶ノ水駅の北にある湯島聖堂と間違える人もいますが、あちらは孔子さんを祭った中国式の寺なのに対し、こちらは菅原道真(845-903)を祭った神社となります。

神社のシンボルである鳥居は春日通り沿いに石作りの一つとその鳥居をくぐって、東に少し進むと銅で作った鳥居がもう一つあります。

 

1        湯島天満宮の由来

湯島天満宮のホームページを見ると、雄略天皇二年(458)一月 勅命により創建と書かれています。

しかし、湯島天満宮と称されたのは1355年に、湯島郷民が霊夢によって京の北野天満宮から、この土地の小松の下に勧請(分霊を迎える)したのが起源です。

さらに120年の後、1478年江戸城築城の際、太田道灌によって修建再興されています。

湯島の名前の由来ですが、古くは一方だけでも水際に面していれば、「シマ」と呼んだようで、そうした水際の台地上の集落を「ユシマ」と呼んだということです。

ですので、「ユシマ」は特定の場所を示す言葉ではなく、地形由来の集落を意味するものだったようです。

実際の湯島天満宮の場所は本郷台の東端に位置し、当時は裾地としていたところは深く海水が入り込んでいたようです。

国土地理院の東京都の標高地形図をよく見ると分かります。

皇居東御苑には"汐見坂"という坂かあり、そこからは海が見えたとのことですので、その昔は湯島天満宮のところまで海が来ていても不思議ではありません。

2        湯島天満宮か湯島天神か

湯島天満宮参集殿(宴会場)のホームぺージに下記の記載があります。

「湯島天満宮」が正式名称です。

2000年3月31日に「湯島神社」から「湯島天満宮」に改称されましたので、現在は「湯島天満宮」が正しいのですが、通称として「湯島天神」も使われています。

もともと天神様と天満宮は全く別の神様だということです。

天神様は天上の神さまのことですが、藤原一族のかん言によって九州の太宰府に流された菅原道真の怨霊が天変地異を起こしていると信じられ、天神に結び付けられました。

一方、天満は学問に優れた菅公の威徳が天に満ちているという意味です。

この二つが一緒になって天満宮天神と言う言葉が生まれました。

 

3        牛のいわれ

天神様といえば牛ですが、

菅公は承和12年6月25日乙丑の年に、ご生誕になり、延喜3年2月25日の丑の日に薨ぜられたことから牛に縁がある

と湯島天神のホームページに書いてあります。

また、亡くなられた時の葬送の途中、柩車の牛が臥して動かず、菅公の御霊が自ら鎮られる所を定められたと、牛に関する神秘的伝説が数多く残っていますが、漠然としたものが多く、具体的に"これ"という事実につなげられるものはありません。

もしかしたら、後世の人が作った物語かもしれません。



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