史跡

豊臣秀吉の正室・ねねさんが眠る京都・高台寺

スポンサーリンク

高台寺は、1606年に豊臣秀吉の正室「北政所(ねね)」が、秀吉を弔うために創建した臨済宗のお寺で、ねね自身の墓所もあります。

2023年11月、庭園のライトアップにあわせて夕方に訪問しました。

 

高台寺には清水寺を見学してから出発します。

黄昏の中、寺の前の道を下がって行きます。休日は人だらけです。

途中三年坂で右手に折れます。

ここで転んだり、つまずいたりすると、3年で死ぬと呼ばれていますので、慎重に下ります。

この坂の南には、平安時代、鳥辺野と呼ばれた死体の捨て場所がありました。

そんな歴史的な背景から、そのような言い伝えができたのだそうです。

 

正面に法観寺の塔が見えます。

法観寺の五重塔は通称「八坂の塔」と呼ばれ、夕暮れの京都の美しい景色を見せてくれます。

まさにマジックアワーです。

平安京遷都以前から存在した古い寺院であることは確かで、朝鮮半島系の渡来氏族・八坂氏の氏寺として創建されたということです。

高台寺に着きました。

ねねさんと秀吉です。

高台寺は恋人の聖地とのことです。

1        遺芳庵(いほうあん)

遺芳庵は江戸時代に京都の豪商・灰屋紹益(はいやじょうえき)が周りの反対を押し切って妻にした京都島原の遊女で、2代目・吉野太夫(よしのたゆう)を偲んで建てたとも言われています。

1908年(明治41年)に京都市上京区にあった灰屋紹益の旧邸跡から移されました。

壁一杯に吉野窓と言われる丸窓があるのが特徴です。

2        観月台(みづきだい)

書院と開山堂を結ぶ廊下には月を見るための「観月台」が置かれています。

3        方丈前庭「波心庭(はしんてい)」

波心庭は、枯山水庭園です。

ここで、プロジェクトマッピングを見ることができました。

今回は、これを目指して来ました。

国の史跡・名勝 高台寺庭園

開山堂を中心に事の臥龍池、西の偃月油の二庭よりなる池泉回遊式庭園である。

小堀遠州の作によるもので国の史跡名勝に指定されている、西庭の偃月池には廊橋を架けて中央に秀吉公遺愛の観月台(重文桃山時代)を配し、池の中央に亀島を設け、南岬には高く盛土して鶴島を表現しており桃山江戸初期を代表する名園として世に知られている。

東庭の臥龍池は高台寺建立以前の古庭園の名残りを残しており鷲峰山より流れる渓川の水を入れている。

開山堂から上のお霊屋に向かって龍が昇っている姿を表している廊下臥龍廊も美事であり、四季おりおり楽しめる名庭園で特に秋の紅葉は有名である。

 

4        開山堂(かいざんどう)

建仁寺の三江紹益(さんこうしょうえき)禅師の木像が祀られています。

建物は桃山時代のものです。

東に臥龍池(がりょうち)と西に偃月池(えんげつち)があり、湖面に木々の影が映り幻想的な光景です。

 

5        霊屋(おたまや)

霊屋の内部は、中央の厨子に大随求菩薩像(だいずいぐぼさつ)を安置し、向かって右の厨子には豊臣秀吉の坐像、左の厨子には正室・北政所(ねね)の片膝立の木像が安置されています。

北政所の木造の下2メートルの場所に北政所の遺骸が埋葬されています。

 

 

6        傘亭

千利休のデザインした茶室です。

元は伏見城にあり、移築されました。

7        時雨亭

こちらも千利休デザインで、伏見城から移築されたものです。

茶室には珍しい2階建ての作りで、傘亭とは屋根つきの土間廊下でつながっています。

一部工事中の場所がありました。

8        竹林

時雨亭からの帰りはライトアップされた竹林を通り帰ります。

竹に斑点ができるような光を当て、蛍が舞うような幻想を抱かせてくれます。

龍の頭のオブジェは、恋人の聖地と書いてあります。

 

9        台所坂

帰りは、台所坂から下り、通称ねねの道と呼ばれる道路にでて帰りました。

夜のお寺も、ライトアップされているとなかなか見ごたえがありました。

NHKの大河では、ねねさんは、女性として歴代一番の頻度ででてくる登場人物だそうです。

家康を始めとして、戦国時代の有名な武将たちがこのお寺に通って来たことを思うと、ここに立って歴史を感じずにはいられません。

ちなみに豊臣秀吉の墓は、高台寺から1.5k程南の阿弥陀ヶ峰の山頂にあります。

スポンサーリンク

-史跡