さて、楽寿園から遊歩道で源兵衛川を下って行きます。
町全体が富士山の溶岩の上にあって、地下からは綺麗な湧水が注いでいる事を実感できます。

目次
1 蓮沼川
楽寿園の小浜池を源流としているこの川は、 そこに小松宮別邸があったことから「宮さんの川」と呼ばれていますが、元は三島南西部への農業用水です。
水量が豊富で清らかな流水だった頃は、生活用水であり、 子供たちの夏の遊び場でもありました。
昭和35年(1960)頃から水量が減り、 どぶ川になったため、工場から冷却用水を流すことになりました。
しかし、水温が高い上、川をせき止めたので、ボウフラが湧いてしまい、蚊の防除のためコイの放流を行うなどの工夫の末、現在のような川になりました。
この地域の人々が 「宮さんの川を愛する会」を立ち上げ、清掃活動や花植えなどを行い、川辺は常に美しい景観を保っています。
昭和63年(1988)に「静岡県のまちなみ50選」に選ばれました。近年、市民グループによる手作りの水車や、7世紀頃日本で使用された漏刻(水時計)の複製などが設置されました。



「再生可能エネルギー発電」として、この地域で水力発電に取り組んでいるようです。

2 源兵衛川(げんべいがわ)
楽寿園の小浜池からすぐの川です。

暑い夏には子供たちの格好の遊び場です。

カワバタ (川端)
源兵衛川は、富士山からの湧水を水源とする全長1.5kmの農業用水路です。
かつて、川沿いの多くの家々には、カワバタ (川端)が備わり、洗濯物や茶碗などを洗いました。
共同のカワバタは洗い物をする主婦たちの社交場にもなり、 三島市民の心の拠り所でした。
夏には、フネ(ブリキの蓋付き容器)に食べ物を入れ、天然の冷蔵庫として使いました。
子どもたちは、泳いだり、 魚取りに興ずるなど、川は、三島っ子の遊び場でした。
源兵衛川のホタル
昭和30年代までは、この辺りには多くのゲンジボタルの発生が見られました。
しかし「楽寿園」の湧水の減少と共に、 1年の半分は水のない状態となり、ホタルは全滅してしまいました。
昭和60年から平成4年まで三島青年会議所は「よみがえれ清流」をスローガンに「楽寿園」で蛍祭りを開催いたしましたが、それをきっかけに平成3年には市民有志による三島ホタルの会が発足し、現在の幼虫の飼育に取り組んでおります。
三島市と県による源兵衛川の整備がほぼ完成した平成4年、市と東レ(株)とグラウンドワーク三島実行委員会の三者が協議をして、湧水のない期間も環境水利として冷却水の供給を受けられるようになりました。
そのお陰で平成5年5月には放流した幼虫が羽化し、 源兵衛川流域に蛍が復活いたしました。
平成6年には全国的にも早い時期である4月29日に、 蛍の発生を確認し、以来5月の初旬には繁華街の中にゲンジボタルの舞がみられるという珍しい川となりました。
三島では、他に花とホタルの里や泉町・沢地・竹倉山田 押切等で蛍が見られます。
源兵衛川
源兵衛川の源流は楽寿園の小浜池にあります。
広瀬橋より下流は、中郷地区の農業用水のために人工的に作られた川で、温水池まで1.5km続いています。
川の名称は、この計画を立て、 河川工事に深い関わりをもった寺尾源兵衛に由来するといわれています。
昔は豊富だった水量も、 昭和35年(1960) 頃から上流での企業の水の汲み上げなどが原因で激減し、 川の汚染もひどくなりました。
平成2年(1990) に、 この川の流域は農林水産省の「農業水利施設高度利用事業」 の一環として、 「源兵衛川水環境整備事業」の指定を受けました。
14億円の事業費により流域が整備され、 水も工場の冷却水を流してもらい、 昔のような美しい水辺環境を取り戻しています。
また、市民により 「源兵衛川を愛する会」が結成され、定期的な河川清掃や、 ホタルの幼虫放流などの活動を通して親水化は維持されています。

3 蓮馨寺(れんけいじ)
源兵衛川沿いにあります。

日限地蔵尊(日限のお地蔵さん)の縁起
江戸の昔、一人の旅人が夜更けの箱根路を三島宿に向かって歩みを速めていました。
その時突如として強盗が現れ、持っていた刀で旅人に切り付け旅人は気を失ってしまいます。
翌朝ほほに落ちる朝露に目を覚ましますと、傍らに首から肩に袈裟がけに切られた石のお地蔵様が横たわっていました。
我に返った旅人は、お地蔵様が自分の身代わりになってくれたと悟り、近くの人々の助けを借りて縁のあった蓮馨寺に運び、お祀りをしたと言われます。
その後この話が近隣に伝わり、多くの参詣者でにぎわったと伝えられています。
当初は「身代わり地蔵」と言われていたようですが、何時からか「日を限ってお願いすると叶う」と言われ、「日限のお地蔵さん」日限地蔵尊と呼ばれるようになったと伝えられています。
残念ながら蓮馨寺の日限地蔵尊の記録は、過去におきた大火等により全て焼失し残っておりません。
ただお地蔵様が何処か二ヶ所のお寺に分身されお祀りされていることが分かっていました。
八十年ほど前に、横浜市港南区日限山の福徳院に分身されていることが、続いて長野県岡谷市の平福寺に分身されていることが両寺院様からの問い合わせで判明しました。
平福寺には嘉永三年(一八五〇年)に、福徳院には慶応三年(一八六七年)に分身が勧請され、以来多くの信仰をあつめているとのことです。
次の文章は平福寺の平成二十六年十一月の寺報に載っていました一節です。
「日限地蔵尊は日を限って一心に願うと、不思議にも叶うと言い伝えられる願かけのお地蔵様です。
江戸時代、下諏訪の市十郎という金物商が伊豆に行商に出掛け、有名であった三島宿蓮馨寺の日限地蔵尊の分身を頂戴したことに由来します。」と。
福徳院にも同じ様な由来があるそうです。
この時代三体のお地蔵さまは、「三大日限地蔵尊」と称され多くの信仰を集めていたそうです。
蓮馨寺の長年の願いでありましたお地蔵様のお堂が完成致しました。
一人でも多くの皆様が気楽にお参り出来、「日限のお地蔵さん」のご尊徳に浴され、健康でこころ穏やかな日々を得られます様祈念致します。
又、お堂の中は「永代供養堂」になっております。永代供養についてのご相談をお受けしております。
浄土宗 蓮馨寺
4 三石神社
蓮馨寺の境内内にあります。

5 伊豆箱根鉄道・駿豆線(すんずせん)
駿豆線(すんずせん)は、静岡県三島市の三島駅から伊豆市の修善寺駅までを結ぶ伊豆箱根鉄道の鉄道路線です。
かつてこの鉄道を使って修善寺に泊りました。 「修善寺の旅① 「湯めぐりの宿 修善寺温泉 桂川」に泊まる」


6 水の苑緑地





この水の苑緑地は、 源兵衛川中流部にあたり、周辺では高木類が最も多く野鳥類も豊富で自然が多く残っている場所であります。
苑内には、 湧泉が数カ所あり、旧来より、中郷地区玉川用水の水源地となっております。
整備は、現在の生態系を生かし湧水を活用した水と緑に親しめる親水公園としました。
苑面積約3200m
三島市
「水の郷構想」 City of Water
富士山の南東麓に位置する三島市、清水町は、富士山の雪どけ水が、 まちの各所に湧き出す水と緑に彩られたまちです。
このエリアには柿田川や源兵衛川などの湧水に由来する名高い水辺のほか、 楽寿園や千樋など水に関わりの深い名所旧跡が点在します。
「水の郷構想」 は、 豊かな水環境が持つ魅力や歴史、文化を最大限活用したまちづくりを進めるため、地域のみなさんや関係団体・行政が一体となって取り組んでいく指針です。
静岡県、 清水町、 三島市は構想の実現のため、 緑豊かな水辺が点在する三島駅から柿田川を結ぶエリアを対象に、 親水拠点が持つ魅力を磨き上げる 「拠点整備」 と点在する湧水拠点同士のつながりを強化し、水の郷全体のネットワークを向上させる「広域対策」に取り組んでいます。




町中の川の中に作られた遊歩道でした。
せせらぎの音を聞きながら歩くと、身も心も洗われるように心地よく、清々しい気持ちにさせてくれます。
太宰治の三島滞在記『老ハイデルベルヒ』で書かれたような美しい街でした。








