銀翼のイカロスは2013年5月18日から2014年4月5日まで週刊ダイヤモンドに連載された小説です。
小説に出てくるかつて公の航空会社のモデルは言わずと知れた「日本航空」、新政党のモデルは「民主党」です。小説はフィクションですので、現実のモデルと比較することに意味はないのですが、調べれば調べるほど似ています。
個人の興味ですが、モデルとなった「日本航空」の破綻までの経緯を記載し、小説の内容と比較してみます。
目次
1 具体的対象を対比
まずは比較できる対象を抽出して表にまとめました。
項目 | 銀翼のイカロス | 対象モデル |
航空会社 | 帝国航空 | 日本航空 |
前政権 | 憲民党 | 自民党 |
現政権 | 新政党 | 民主党 |
総理大臣 | 的場 | 鳩山由紀夫 |
国土交通大臣 | 白井亜希子 | 前原誠司 |
銀行の債権放棄額 | (打診額)70%
開発投資銀行:1750憶 東京中央銀行:500億 第一信託銀行:未記載 東京首都銀行:未記載 大東京銀行:未記載 |
87.5%
日本政策投資銀行:1421億 みずほコーポレート銀行:566億 三菱東京UFJ銀行:514億 三井住友銀行:176億 住友信託銀行:133億 |
2 小説発表とJAL再生のタイミング
JALが会社更生法適用を申請したのが2010年1月です。その後経営再建を進め、2012年には東京証券取引所に再上場しました。池井戸が、この小説を週刊ダイヤモンドで連載を始めた2013年5月にはすでにJALは再上場を果たしていたことになります。
池井戸氏は、JAL再生までの経緯を十分検証しながら、小説化しています。
3 JALの破綻原因
直接の引き金となったのは2008年のリーマン・ショックです。
しかし、その前から脆弱な企業体質を長年にわたって引き摺っていました。
主な要因は下記です。
・効率の悪いB747等の大型機を保有していた。
・ホテル(エセックスハウス)、ハワイ開発のコオリナリゾートなどの関連企業を増やし、総合的なサービスの提供による競争力の強化を図ったが、バブル崩壊とともに採算が立たなくなった。
・過去からの長期為替差損。80年代の円安時期に10年のドル先物買いを行った。
・採算性の取れる見込みのない地方路線への就航を政治的な観点から行わなければならなかった。
・8つの従業員組合があり、人員削減と賃金カットの労使協調がうまくいかなかった。
上記の理由から恒常的な経営不安に襲われていたにも関わらず、絵空事の再建策を提出し、融資を取り付けてきました。
支援の中心は、政府系の日本政策投資銀行で、融資の原資は、郵便貯金などが関係する公的資金です。
そうして融資が繰り替えされJALの腐敗は進みました。
4 更生プロセス
2009年8月 国土交通省は大臣(自民党 金子一義)直轄の顧問団として「日本航空の経営改善のための有識者会議」を発足し、JALが自主再建を図るための計画させる形の解決を図りました。
しかし、この直後民主党政権が誕生し、政権交代で国土交通大臣となった前原誠司が公式会見で「有識者会議の結論を白紙にして論議する。」と述べ、自民党政権時代に積み上げた施策をあっさりと白紙撤回する考えを示し、前原大臣の強力なリーダーシップのもとで、政府がJAL問題に極めて積極的に関与することになりました。
こうして、大臣直轄の「JAL再生タスクフォース」が発足されましたが、大臣の私的なチームが民間企業であるJALの内部に過当介入して再建策を作るという手法に、そもそも法的な根拠が存在しなかったため懸念する向きがありました。
2010年8月に「時事通信」は「東京・天王洲のJAL本社最上階(25階)に専用部屋を確保したタスクフォースは当初見込みの3倍の人員に膨れ上がったうえ、経費10憶円以上のほぼ全額をJALが負担する方向で検討中」との報道をし、経営危機に陥っているJALの資産を貪る“ハゲタカ”になぞらえた。
2010年10月13日タスクフォース発足から20日足らずの間に再建計画の素案を提示しましたが、その内容が、
社長辞任と人員削減の上積み
取引先銀行に対して2500憶円を越す債権カットと3000憶円の新規融資と1500憶円の資本増強
タスクフォースメンバーの5人を執行役員に抜擢
であり、一気にタスクフォースの不振が膨らんだ。これ以降JALと主力銀行はタスクフォース外しに躍起になっていった。
そして発足から1ヶ月あまりでタスクフォースは解散となった。
タスクフォースの弱点は
債権カットを金融機関に迫る強制力がなかったこと
資金繰りに困っているJALに対してお金を出せる機能をもっていなかったこと
その後は、設立したばかりの政府と金融機関が出資する企業再生支援機構に引き継がれることになりました。
JALは、後に”口だけ番長”などと揶揄されることになるこの未熟な大臣のせいで、自主再建で立ち直る計画であった経営再建をかき回わされ、海外の取引先からの信用を著しく傷つけられ破綻に追い込まれてゆきます。
JALは2010年1月に会社更生法の適用を申請し、その後、支援機構の企業再生支援委員長で、これまで多くの倒産企業の管財人を務めてきた瀬戸英雄弁護士の指揮下、経営の建て直しが進められました。
更生計画に基づき、裁判所によって7000憶円の借金や社債を棒引きされ、さらに支援機構からの公的資金の注入(3500億円)を受ける上、政投銀と支援機構から6000憶円の融資も引き出した。そして、株式は100%減資され、株券はただの紙切れになりました。
5 経営改革
経営改革の骨子は以下です。
効率の悪い大型機材は売却。
大型機の操縦免許しか持たない高齢のパイロットは整理解雇。
関連会社も次々と売却。
グループ全体で5万人の従業員を16400人削減する大幅なリストラ計画。
残った社員の給与水準も切り下げ、ライバルの全日本空輸(ANA)より2割程度低い水準に抑制。
年金は現役50%、OB30%カット。
2010年3月期(2009年4月~2010年3月)には1337億円の営業赤字だったJALは、2012年3月期(2011年4月~2012年3月)にV字回復し、2049億円の営業黒字を計上しました。
6 政治との癒着
もともと航空運輸そのものが規制業種であったため、航空会社と政治・行政とは水面下で深く、強く結びついてきました。路線の開発はもちろん、役員人事から飛行機の購入、運賃設定にいたるまで、政府・国交省が口を出しました。
地方の赤字空港でも航空界と政官業の濃密な関係がしばしば垣間見られ、問題となってきました。
全国津々浦々にある空港は、国会議員による地元の選挙対策の一環でもありました。
空港を作ってそこに路線を飛ばせば、地元の建設業と関連企業が大歓迎する。空港は滑走路工事だけでなく、ターミナルビルやアクセス道路、駐車場をはじめとする施設にいたるまで、周辺整備が必要です。
その建設工事を大手のゼネコンが請け負い、地元の建設・土木業者が下請けに入ります。
そうして作った空港を運営するために当初からの赤字規定路線を航空会社に押し付ける。
JALの業績悪化は、不採算な地方空港を作り続けた政府・国交省など行政側にも一因がありました。
以上です。こうして現実のJAL破綻までの過程を調べると如何に小説の内容が現実をなぞっているかよくわかります。
TVドラマを見る時も、また違った目で見ることができると思います。
なおこのブログ作成にあたり以下の書籍を参考にしています。
JAL再建の真実 (講談社現代新書)