京王線笹塚駅周辺のお散歩。
目次
1 玉川上水
23区内の玉川上水はその大部分が暗渠(暗渠化されて地下を通るか、上に蓋をして緑道化)化されていますが、笹塚駅から代田橋駅周辺にかけては、東京23区内で極めて珍しく川面が見える「開渠(オープンな水路)」区間が残っています。
玉川上水
玉川上水は、江戸時代の承応二年(一六五三)に、多摩川上流羽村に取水口を設け、四谷大木戸までの全長約四十三キロメートルにわたって開削された上水道です。
老中松平伊豆守信綱が総奉行、伊奈半十郎忠治を水道奉行とし、庄右衛門・清右衛門兄弟の手によって開削工事は着工されました。
兄弟は難工事に失敗を重ね、信綱の家臣安松金右衛門吉実が改めて工事を行い成功させたとの説もあります。
この事業は、羽村から四谷大木戸まで掘り割りをつくって上水を引くという大工事でしたが、同年十一月に四谷大木戸まで、翌年六月には江戸市中までそれぞれ完成し、通水を開始しました。
その功績によって、庄右衛門・清右衛門兄弟は玉川の姓を名のることを許されたといわれています。
上水は、江戸市中の生活用水として使われましたが、その余水は農業用水にも用いられました。
また、その落水を利用して水車を動かすなど、この渋谷にも限りない恩恵を与えてくれました。
平成十五年に開削三百五十年周年を迎えた玉川上水は、同年八月二十七日に国指定の史跡となりました。
渋谷区教育委員会
玉川上水旧水路笹塚緑道

玉川上水旧水路 緑道再整備
笹塚・幡ヶ谷・初台を結ぶ旧水路緑道は、現在渋谷区によって「ササハタハツ(笹塚・幡ヶ谷・初台)」一体の持続可能な緑道公園として再整備が進められています。
玉川上水の記事は以下にもあります。
2 笹塚跡
笹塚跡は笹塚駅の北、高速道路をくぐった北にあります。

陸橋は高速道路のすぐ下を通っています。

左に折れ、20m位歩くと派出所があり、その向かいにあります。
そのつもりがないと、絶対に分かりません。
笹塚跡
昔、このあたりの甲州街道の南北両側に、直径が一メートルほどの塚(盛土)がありました。その上に笹(または竹)が生い茂っていたことから、笹塚と呼ばれていたようです。
その塚が、慶長九年(一六〇四)に設置された
一里塚であるかどうかははっきりしませんが、この塚に一里塚の印を記載している古図もあります。
また、江戸時代の文書にも笹塚のことが簡単に述べられています。
大正五年(一九一六)に発刊された『豊多摩郡誌』には、「甲州街道の北側に石塚があったが、今は見られない」と書いてあります。
この塚があったことから、この地域一帯を昔か笹塚と呼び、今もそれが町名として残っているのです。
渋谷区教育委員会
笹塚跡には笹はありませんでした。





