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天使の聖母トラピスチヌ修道院

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北海道函館市にある「天使の聖母トラピスチヌ修道院」は、1898年にフランスから派遣された8名の修女によって設立された、日本初の観想女子修道院です。

現在も修女たちが祈りと労働を中心とした自給自足の共同生活を送っています。レンガ造りの美しいゴシック様式の聖堂や、フランスから届いた聖母マリア像など、荘厳で静謐な雰囲気が漂う敷地の一部が一般に開放されています。

観想(かんそう)とは、宗教的な文脈、特にキリスト教(カトリック)において、「神をただ静かに見つめ、その存在を深く味わうこと」を指します。

厳律シトー会天使の聖母トラピスチヌ修道院

天使の聖母トラピスチヌ修道院は、明治31(1898)年、フランスのウプシーにある修道院から8名の修道女が来たのが始まりである。

キリスト教伝道のためには、修道院の精神的援助が必要であると、函館教区長ベルリオーズ司教が要請していたものであった。

草創期の修道女たちの生活は困難を極め、 それを見かねたフランスから、引き揚げが伝えられるほどであった。

現在の建物は大部分が大正14 (1925) 年の火災後、昭和2(1927)年に再建されたものである。

函館市

 

厳律シトー会はカトリック修道会の一つで、俗称をトラピストと言います。

典礼を重んじ、沈黙・禁欲・観想・菜食の戒律を厳格に守り、農業労働の共同生活をして生活します。

 

ここが入口です。

 

1       大天使聖ミカエル像

入場してすぐにこの像があります。悪魔に対する呪文のような言葉がミカエルということです。

聖ミカエル

聖ミカエルは大天使です。

悪魔が神に反逆した時、「ミカエル」(ヘブライ語で「神のように振るまう者は誰か」という意味)と叫びながらこれを破り、神に忠誠を尽くしました。

日本にキリスト教を伝えた聖フランシスコ・ザビエルは聖ミカエルを日本の保護者と定めました。

私達も、悪魔の誘いに負けることなく、日々正しく生きるよう、聖ミカエルの保護を求めて祈りましょう。

 

2       聖母マリア像

そしてミカエル像の奥にはマリア像です。

この聖母マリア像は、彫刻家としても知られるフランスのラ・トラップ修道院(トラピスト修道院発祥の地)のマリー・ベルナール神父(一八八三十一九七五)の手になるものです。

両手をひらいて人々を迎え入れる姿が聖母マリアの慈しみの心を表わしており、

「慈しみの聖母マリア」と呼ばれています。

3       ルルド

丘を登り切った所にあります。

ルルド

ルルドは南フランスのピレネー山脈の麓にある洞窟です。

一八五八年、この近くに住んでいた十四才の少女、ベルナデッタ・スピルーの前に、十八回にわたって、聖母マリアがお現われになりました。

聖母は、少女に祈りと犠牲を捧げるようにすすめられました。

少女が聖母の言われたとおり地面を手で掘ると、そこから泉が湧き出し、その水で多くの病人が癒されました。

今日、ルルドは世界中から多くの人々が集まる巡礼地となっています。

ここにあるルルドの洞窟もそれを模して築かれたものです。

ベルナデッタは、後に修道女となり、一八七九年、三十五才で帰天しました。
ローマ法王ピオ十一世は、一九三三年、ベルナデッタを聖人の位にあげました。

 

4       聖テレジアの像

リジューの聖テレジア

聖テレジアは、一八七三年フランスに生まれ、十五才の時、 リジューの洗足カルメル会に入った修道女です。

九年後、二十四才で生涯を閉じました。

その短い間、彼女の生活は平凡で「普通」のものでしたが、幼いイエスに絶対の信頼を置き、日常の義務を、つつましく、素直に果しました。

その若さにもかかわらず、その言葉と行いは模範となって、多くの修道女を導きました。

その聖徳により、一九二五年、聖人の列に加えられ、一九二七年には、布教の保護者と定められました。

その生き方は多くの人々の模範と支えになっています。

この像は、聖心の使徒とたたえられたマテオ神父より、一九三六年に寄贈されたものです。

 

5       司祭館

6       聖堂

一段下にある建物です。

 

7       資料館

トラピスチヌ修道院の存立意義、歴史展示と、構内で生産されているクッキーなどが販売されています。

本修道会の性格と目的

本修道会は、全面的に観想に向けられている隠世共住修道院生活の会である。

この理由により、 修道女たちは、 隠世共住修道院の禁域の中で、 聖ベネディクトの戒律に従い、 隠棲と沈黙、 熱心な祈りと喜びをもって行なう償いの業によって、 神への賛美に自己を奉献する。

また会意の規定する様式に従って、 隠世共住修道院生活を営みながら、 謙虚で気高い奉仕を神にささげる。

 

「天使の聖母」  トラピスチヌ修道院のあゆみ

「天使の聖母」 トラピスチヌ修道院が、 函館 上湯川に創設されたのは、1898年(明治31年)で、当時の函館教区長ベルリオーズ司教の尽力によるところが多い。

司教は日本とりわけ北海道にキリスト教を伝え、豊かな効果を収めるためには、 「祈り働け」をモットーにして観想生活を送るトラピスト トラピスチヌの援助が必要であることを痛感し幾度となくフランスの各修道院に修道者と修道女の派遣を要請された。

その結果、 1896年(明治29年)には、 上磯 三ッ石に男子修道院が、 それより1年数ヶ月後には、 函館・上湯川に女子修道院が創設される運びになったのである。

修道院は1898年4月30日、 フランス、ウプシーにあるトラピスチヌ修道院から派遣された8名の修道女によって設立された。

その後1925年(大正14年)10月には本館の建物の大半を焼失したが全員再建に努め、1930年(昭和5年) 現在の建物が完成した。

1935年(昭和10年)には会員数が百十数名に達したため、 兵庫県加古川に約30名の修道女を送って現在の 「西宮の聖母」 修道院を創設し、 1953年(昭和28年)には福岡県新田原にも20名の修道女を伴って現在の「伊万里の聖母」 修道院を創設した。

更に、韓国での創設も勧められ、 1987年(昭和62年)には韓国馬山市の近郊水晶里に 「水晶の聖母」修道院を創設した。

なお当修道院には現在60余名の修道女がいて、 祈りと労働の生活に励みすべての人の上に神の恵みを願い続けている。

礼拝堂は、一般公開されていません。

建物の裏側にある中庭。

祭壇
この祭壇は中国北京にあった「慰のの聖母」トラピスト修道院から贈られ1968年まで当修道院聖堂で毎日のミサのため用いられていたものです。

建物の後ろには広い農場があるのが分かります。

1898年にフランスから派遣された8名の修女とその所持品です。

こうして美しい建物ときれいな景色を眺めに観光で訪れるには良い所ですが、もしここで生活するとなると、やって行く自信は全くありませんでした。

 

 

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