薩摩藩島津家の別邸「仙巌園」と世界遺産の「集成館跡」

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鹿児島旅行の最終日(2020-10-26)は、鹿児島市の吉野町にある異人館と島津家の別邸跡の仙巌園です。

島津斉彬が、仙巌園の敷地内に集成館を作り、近代産業の研究を行いました。

そのため、同地区には美しい庭園と、産業基盤となった施設跡があります。

仙巌園の地図はここを参考にしてください。

仙巌園と集成館

1        旧集成館

2015(平成27)年7月に「明治日本の産業革命遺産製鉄・製鋼、造船、石炭産業」として国内の複数の場所が、ユネスコの世界遺産リストに登録されました。

その中では、長崎の軍艦島やグラバー邸が有名ですが、鹿児島の旧集成館の跡地に残る建物も同時に登録されました。

集成館は、島津斉彬が1851年から仙巌園内に設けた製鉄・造船・紡績など幅広い分野を手掛けた工場群で、列強に対抗するために軍事強化と産業育成を図りました。

 

1.1         尚古集成館

集成館の機械工場だったところです。現在内部は島津家の歴史・文化と博物館となっています。

「尚古」とは、「昔の文物や制度にあこがれ、これらを尊ぶこと。」とのことで、まさしく集成館事業を語り継ぐ建物として存在しています。

入場チッケトは仙巌園と共通です。

尚古集成館

旧集成館機械工場

建物に使用されている石は、加久藤(かくとう)火砕流堆積物の小野石(鹿児島市小野で産出)を使っています。

加久藤は県北部の霧島の北にあり、そこから30万年前に鹿児島までやって来た火砕流となります。

石の内部に気泡が沢山あるため断熱効果に優れているということです。

舐めると、毛細管現象で舌が吸い付かれたようなると「ブラタモリ」でタモリさんと渡辺謙さんがやっていました。

1.2         鹿児島紡績所技師館(異人館)

第29代薩摩藩主 島津忠義が日本初の洋式紡績工場を作った際に招いたイギリス人技師の宿舎として1867年に建設されたものです。富岡製糸場の外国人技師の宿舎もそうでしたが、豪奢な施設です。

仙巌園から国道10号を500m位西に行ったところにあります。

異人館前と表示のある信号から海側を見ても、発見できず、車で近辺をくるりと回って、やっと発見しました。しかし、あいにくの工事中。(2020-10-26現在)

コロニアル様式のベランダ等、外観の美しさが売りですが、工事の機材で残念な写真となりました。

鹿児島紡績所技師館

鹿児島紡績所技師館

鹿児島紡績所技師館

鹿児島紡績所技師館

1.3         旧鹿児島紡績所

跡地が残るだけです。異人館に隣接した敷地にありましたが、現在は、コンビニの駐車場になっています。

旧鹿児島紡績所

1.4         反射炉跡

反射炉の跡は、仙巌園の庭園の中にあります。

現存するのは、薩英戦争で破壊された2号反射炉の基礎部分のみです。

反射炉跡

反射炉跡

ここの石組みは鹿児島市皷川町でとれる「たんたど石」です。

50万年前吉野火砕流堆積物で、柱状節理状態になっているため、石目があり、非常に加工しやすいとのこと。

吉野火砕流は、昔、鹿児島湾の奥にあった姶良(あいら)カルデラから噴き出したものです。

これも「ブラタモリ」からのの知識です。

仙巌園入口を入って左手にある世界文化遺産オリエンテーションセンターには反射炉のレプリカがあります。

反射炉跡レプリカ

2        仙巌園

島津家の別邸があった庭です。

NHKの大河ドラマ「西郷どん」のロケもここで行われています。

2.1         菊まつり

来月からの菊まつりに備え、菊の輿ももうすぐ開花です。

仙巌園

2.2         正門

国道10号に面した正門です。現在は閉ざされ往来はできません。

仙巌園

2.3         錫門

ここが江戸時代の正門です。藩主と、お世継ぎしか通れませんでしたが、今では、誰でも入園料を払えば通れます。

大河ドラマ「西郷どん」では、斉彬が江戸と薩摩の行き来するときに、薩摩側のランドマークとして何度もロケされているようです。

錫門

錫門

2.4         御殿

仙巌園の入場料の他に別途料金が必要ですが、見学するだけの価値はあります。

2.4.1    島津忠重の部屋

島津忠重(しまづ ただしげ1886年--1968年)は、島津忠義の四男で仙巌園で生まれ、幼少時代をここで過ごしました。

1898年(明治31年)2月11日、父の死去により島津氏第30代当主として家督を相続し、公爵を授けられました。

その後、上京し、生活の拠点は東京となります。

洋式紡績工場を作り、『尚古集成館』を集成館跡地に開館したのは忠重です。

島津家御殿

島津忠重

2.4.2    薩摩焼

見事な薩摩焼です。

薩摩焼

2.4.3    篤姫

島津斉彬の養女となった篤姫もここを訪れていました。

篤姫

2.4.4   中庭

中庭には池があります。よく見ると池の中には八角形のくぼみがあります。

まあ、ガイドさんの説明でそれと分かっただけですが、風水では八角形をとても縁起の良い形としているようで、中国文化の影響です。

中国や台湾からの観光客には大好評のようです。

島津家御殿

島津家御殿

御殿から望む桜島は雄大でとても絵になります。

どんな豪華な庭作りをしても、この景色には敵わないでしょう。

2.4.5     謁見の間

来客への応接に使用された部屋です。

謁見の間

テーブルの上の薩摩切子は、時期によって他の物に交換されるとのことです。

謁見の間

天上の照明のグローブには丸十字のマークがあるのですが、写真では明るすぎて分からなくなってしまいました。

謁見の間

謁見の間

 

2.4.6    御居間

島津29代の忠義(薩摩藩 最後の藩主)が一日の大半を過ごした居室です。部屋からは庭と桜島の絶景を楽しめます。

忠義の父は28代の久光です。廃藩置県後東京で暮らしていましたが、明治21年(1888)に仙巌園を本邸とし、明治30年にこの地で亡くなるまで生活しました。

御居間

御居間

 

2.4.7    御小座(化粧の間)

29代の忠義が着替えたり、髪を結ったりするための部屋です。

御小座(化粧の間)

御小座(化粧の間)

2.4.8    御小座(披露の間)

島津家に贈り物が届いたときに、そのお披露目が行われた部屋です。

御小座(披露の間)

御小座(披露の間)

2.4.9    島津斉彬の服装

大河で斉彬役の渡辺謙さんが来ていた服装です。

島津斉彬の服装

島津斉彬の服装

2.4.10   御湯殿(お風呂)

部屋は大きいのですが、浴槽は普通のサイズです。

御湯殿(お風呂)

御湯殿(お風呂)

2.4.11    御寝所

29代忠義の寝所です。

29代忠義の寝所

29代忠義の寝所

2.4.12   御不浄

29代専用のトイレです。

時を超えて、自分のトイレが一般公開されることになろうとは夢にも思わなかったことでしょう。

御不浄

御不浄

 

2.5         御殿前の庭

ここで「西郷どん」の相撲の撮影が行われました。

この変わった形の灯篭はドラマで見た覚えがあります。

島津斉彬はこの灯篭い石炭から作ったガスを引いて、ガス灯にしたそうです。

これは横浜のガス灯より15年前のことです。

御殿前の庭

桜島

御殿前の庭

2.6         大池

御殿前の池です。

御殿前の池

御殿前の池

2.7         高枡

園内の水の分岐と水量を調節するための設備です。

高枡

高枡

2.8         石階段

ここも「西郷どん」のロケで使われた場所です。この階段は良く覚えています。

どこかの城跡かと思ってましたが、ここだったのですね。

石階段

石階段

2.9         水力発電用ダム跡

明治時代の仙巌園の電気は、この水力発電所で発電されていたとのことです。

水力発電用ダム跡

水力発電用ダム跡

2.10      曲水の庭

水力発電所の山側にあります。

水の流れが複雑で、その水流を見ていると時を忘れそうです。

曲水の庭

曲水の庭

曲水の庭

 

2.11      仙巌園茶房

最後に園内にある茶房で、白熊かき氷と、抹茶かき氷を食べて園内散策を終了しました。

白熊は、暖かくてちょっと機嫌が悪そうです。

白熊

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