法政大学の歩みは、1880年(明治13年)に設立された東京法学社から始まります。
フランス法系の自由な校風を掲げ、日本最古の私立法律学校として誕生しました。
1903年には法政大学と改称し、1920年の大学令によって私立大学としての地位を確立。
初代総長には「日本近代法の父」と呼ばれるボアソナードの教え子である金丸鉄らと共に、梅謙次郎が就任しました。
大学祭が開催された市ヶ谷キャンパスは、2000年に完成した地上27階・地下3階建ての超高層校舎「ボアソナード・タワー」が、周辺のランドマークとなっています。
入口は「富士見ゲート」と呼ばれる建物です。




校章の色は「金(または黄)」と「紺(青)」で構成されています。
これは、かつてフランスから招かれ、日本の近代法の整備に尽力したボアソナード博士の母国であるフランスの国旗(トリコロール)にちなんだものと言われており、同校の伝統である「自由と進歩」の精神を表しています。


「富士見屋上庭園」は、2016年に竣工した校舎「富士見ゲート」の6階に位置する、広さ660㎡の緑豊かなオープンスペースです。


北西から南西にかけて面しているのは、江戸城の外郭を囲んでいた「江戸城外堀」の一部です。
飯田橋駅付近(キャンパスの北東側)で、お濠の水が神田川へと合流しています。

地上27階・地下3階建ての超高層校舎「ボアソナード・タワー」

ボアソナード博士胸像
ボアソナード博士(一八二五~一九一〇)は、日本政府の法律顧問として、民法典・刑法典等を起草した「日本近代法の父」と称される人物です。
博士は、本学の前身、東京法学校の初代教頭として、その教育に情熱を注ぎ、本学の礎を築くとともに、近代日本を担う多くの人材を育てました。
ボアソナード博士の胸像は、一九三四年、博士の没後二五年にあたって、日本とフランスの親善を深めるためにボアソナード教授記念事業委員会により制作され、その後、本学に胸像の原型が寄贈されました。
一九五三年、五三年館(旧大学院棟)の竣工にともない、博士の胸像が同館前(現、ボアソナード・タワー付近)に設置されました。
一九九二年、同館の取り壊しにより、一時、図書館(八〇年館)の中庭に移設されましたが、その後、事情により、撤去していました。
このたび、胸像台座の修復が完成し、ここに、博士の名を冠したボアソナード・タワーに胸像を再建いたしました。
二〇一二年三月二十七日
法政大学
市ヶ谷キャンパスの成り立ちと、 中庭の 「メモリアルコリドー」
法政大学市ヶ谷キャンパスは本学が大学へと昇格した1921年に開設しました。
それまでの夜学中心の専門学校から昼間に学ぶ大学となったことで、スポーツ、 文化活動などの課外活動も多様に生まれ、 学生たちのキャンパスライフが広がっていきました。
この建物の外に広がる中庭には、 「メモリアルコリドー」と名付けたエリアがあります。
これは1955年、 58年に竣工し、 戦後の本学を代表する校舎であった55 58年館 (2019年解体) の跡地に、 歴史継承の目的で設けたものです。
コリドー内のスツールは、いずれも 55・58年館の柱の跡に置かれており、そのいくつかの座面には、本学の歴史と個性を伝えるHOSEIミュージアム (2020年開設)の企画へと誘うQRコードが設置されています。
ミュージアム・コア (九段北校舎1階) とともにお楽しみください。

素晴らしい眺めです。
大学関連の建物一覧と竣工年度です。
ミュージアム・コア (九段北校舎1階) では大学史が展示されているようなので、またの機会に見学に行きたいと思います。


