小樽運河沿いには、大正から昭和初期の繁栄ぶりを伝える歴史的建造物が数多く並んでいます。
最も象徴的なのが、運河に沿って美しく並ぶ「木骨石造(もっこつせきぞう)」の倉庫群です。これは木造の骨組みの外側に、木炭の煙で色づいた「小樽軟石」と呼ばれる地元の石を積み上げた独特の構造で、耐火性に優れているのが特徴です。夕暮れ時にはガス灯の光に照らされ、水面にその重厚なシルエットを浮かび上がらせます。
また、周辺の「北のウォール街」と呼ばれるエリアには、かつての銀行建築が集まっています。頑丈な石積みの外観に、ルネサンス様式などの西欧のデザインを取り入れた意匠が見られ、当時の経済的な活気を今に伝えています。
北海道の 『心臓』みたいな都会である。
かつて小説家・小林多喜二は、 港と鉄道の大動脈により発展していく小樽のまちをそう表現した。
「心臓」 となる契機は、 石炭輸送のために北海道初の鉄道が開通したことによる。 明治中期以降、鉄道と港の整備により、豊富な北海道の資源の物流拠点となった小樽は、日本の近代化を支え、最盛期には25の銀行が活躍する 「北日本随一の都市」となった。
しかし、石炭から石油へエネルギーが変わる中、 小樽は高度経済成長期に衰退の一途を辿り、 「斜陽のまち」 と呼ばれるようになった。 経済再生のため、 車社会へ対応すべく倉庫を取り壊し、役目を終え荒廃した運河を埋め立てて道路を建設する都市計画が決定した。 取り壊されていく倉庫を見た市民は「まちの記憶」 を守るため、運河保存運動を始める。 後にこの運動は、10年にも及ぶ大論争に発展する。
論争の末、運河の全面保存とはならなかったが、一部は散策一路として整備され、再び市民がまちに誇りを持てる観光都市として再生するきっかけとなった。
歴史を活かす新たな展望を示したこの運動は日本のまちづくり運動の先駆けとなった。
小樽に生きる人々が、遺産に新たな命を吹き込み、もう一度動き出した「心臓の鼓動を今も感じることができる。
目次
1 浮世絵美術館

「小樽芸術村 浮世絵美術館」は、2025年7月に北海道小樽市にオープンした道内初の浮世絵専門の美術館です。小樽運河に面した「浅草橋小樽運河倉庫ビル」を活用しており、ニトリホールディングスの似鳥昭雄会長が設立した似鳥文化財団が運営する「小樽芸術村」の5番目の施設として誕生しました。
2 西洋美術館

「小樽芸術村 西洋美術館」は、2022年4月に北海道小樽市に開館した美術館です。小樽運河のすぐそばに立つ「旧浪華(なにわ)倉庫」を活用しており、ニトリホールディングスが運営する「小樽芸術村」の4番目の施設として誕生しました。
建物は1925(大正14)年に鈴木商店によって建設された木骨石造の倉庫で、光を採り入れるための円形の小屋根や、内部の力強い木骨構造の柱が特徴的な小樽市指定歴史的建造物です。

3 小樽運河

これが小樽運河です。

クルーズ船は当日はお休みでした。
4 びっくりドンキー小樽運河店

「びっくりドンキー小樽運河店」が入っている建物は、もともと穀物などを保管していた本物の石造り倉庫でした。
この建物は「小樽倉庫No.1」(大正13年/1924年建築)と呼ばれる歴史ある大型倉庫の一部です。
びっくりドンキーを運営する「株式会社アレフ」がこの倉庫を活用し、1995年に自社ブランドの地ビールを製造・提供するブルワリーパブ(小樽倉庫No.1)をオープンさせました。
その同じ巨大な倉庫の建物を分ける形で、おなじみのハンバーグレストラン「びっくりドンキー小樽運河店」も営業しています。
外観には札幌軟石(さっぽろなんせき)という風合いのある石が使われており、店内に入ると、かつての倉庫の面影を残すむき出しの木骨構造の梁(はり)や柱、高い天井を見上げることができます。
5 小樽運河 潮亭

「小樽運河 潮亭(しおてい)」も、もともと本物の倉庫だった建物を利用しています。
潮亭が入っている建物は、小樽市の歴史的建造物に指定されている「旧篠田(しのだ)倉庫」です。
1925(大正14)年に建てられたもので、先ほどのびっくりドンキー(小樽倉庫No.1)が「石造り」であるのに対し、この旧篠田倉庫は小樽運河周辺では比較的珍しい「木骨煉瓦(れんが)造り」の美しい外観が特徴です。
現在はその趣ある広々とした倉庫空間(1階・2階)を活かして、団体旅行客なども迎える大きな海鮮食堂となっており、石狩鍋や焼きほっけといった北海道の郷土料理を楽しめる場所として活用されています。
6 ホテルノルド小樽

「ホテルノルド小樽」は、これまでの倉庫をリノベーションした建物とは異なり、1996(平成8)年に新築されたホテルです。もともと倉庫だった建物ではありません。
ただし、小樽運河の歴史的な景観を壊さないよう、徹底したこだわりを持って建てられています。
7 小樽運河プラザ

この建物「小樽運河プラザ」は、1893(明治26)年に建てられた「旧小樽倉庫」です。小樽の街に現存する木骨石造りの倉庫群の中でも特に古く、規模が大きい代表的な歴史的建造物です。
その巨大な「旧小樽倉庫」はいくつかのブロックに分かれて活用されており、南側のエリア(1番庫〜3番庫)が長年「運河プラザ」として観光案内所や市民の憩いの場に利用されてきました(ちなみに建物北側は「小樽市総合博物館 運河館」、中央部は「小樽百貨 UNGA(うんがぷらす)」として活用されています)。

8 旧小樽倉庫

小樽市総合博物館運河館
「小樽を、知る」
小樽市総合博物館運河館は、活気ある人々の交流に育まれた小樽の歴史と美しく豊かな自然環境について、 当館所蔵の資料約2千点の展示でご紹介しています。建物は明治26年に建てられた 「旧小樽倉庫」を利用。 歴史的な価値の高い建築物の雰囲気をお楽しみいただきながら、 商都として栄えた小樽の歴史に思いを巡らせていただけます。

建築年:明治23(1890年〜270 894)年構造:く倉鹰〉木骨石造く事務所〉木骨煉瓦适
色内地先の埋め立て直後に建てられた営業用倉庫のひとつ。正面右手の倉庫が最初の建設で、増築を重ね2つの中庭を囲む大食庫となりました。
寄棟の瓦屋根に鯱をのせた和洋折衷のデザインで煉瓦造の事務所を中心に左右対称に展開し、全体として優雅な美しさをみせています。
9 旧安田銀行小樽支店

建築年:昭和5(1930)年 構造 鉄筋コンクリート造
この建物は戦後富士銀行が継承した後、昭和45(1970)年から新聞社の社屋となりました。
ギリシャの建築様式をもった昭和初期の典型的な銀行建築で、重量感あふれる円柱が特徴です。
道路拡幅に伴い、平成13(2001)年に建物が後方に曳家(ひきや)され、同時に外観も修復されています。

10 旧第四十七銀行小樽支店

色内大通りに面する銀行建築のひとつです。
2階建の小規模な行舎ですが、建築当初は、内部を吹き抜けとし、周囲に回廊が設けられていました。
正面に4本の大オーダー (円柱)を立て、壁面をタイル張りとする昭和初期の典型的な銀行スタイルで、創建時の姿をよく残しています。
11 梅屋商店(現 アリババ・コレクション)

建築年 明治39年(1906年)
構造 木骨造2階建
建物の卯建 (うだつ)としっくい塗りの開き窓は取り除かれたが、正面の力強い石組みに特徴がある。
この建物の壁は、木の骨組みに厚さ15cm前後の軟石をカスガイで止め、 屋根の小屋組は洋風トラスが支えており、西洋の構造を取り入れた明治期商家建築の代表例である。
12 旧塚本商店

建築年:大正9(1920)年 構造: 木骨鉄網コンクリート造
この建物は、 近江(滋賀県) 出身の呉服太物商の店舗として建てられました。
小樽では、明治37(1904)年の稲穂町大火で市街地を焼き尽くしたことから、 防火構造の建物が普及しました。
この建物も防火のために、外壁をコンクリートで塗り固め、出入口や窓を防火戸で覆う工夫が施されています。
13 小樽商工会議所


建築年:昭和8(1933)年 構造: 鉄筋コンクリート造
北海道の発展に寄与する小樽経済界の拠点です。
設計は土肥秀二、施工は萬組で、いずれも地元の手によるものです。
外装は石川県産千歳石で彫刻が施され、正面玄関には、 土佐産の大理石が用いられています。
昭和初期における鉄筋コンクリート造の建物として貴重なもののひとつです。
14 旧三井銀行小樽支店

建築年 昭和2年 構造 鉄骨鉄筋コンクリート造
正面の外壁に石積みの5つのアーチを連ね、 軒に彫刻を施したルネサンス様式の建物です。
石は岡山県北木島産の花崗岩です。
内部は、吹き抜けに回廊が巡り、 天井に石膏彫刻の模様が飾られています。
関東大震災 (大正12年) 後に耐震構造の指針となった最先端の構造(鉄骨の周りに鉄筋を配してコンクリートで固める) が用いられました。
設計は曽禰中條建築事務所 (曽禰達蔵 中條精一郎)です。
平成13年には三井住友銀行となりましたが、 翌年、 支店統合のため営業を終えました。
15 旧三井物産小樽支店

小樽市指定歷史的建造物
建築年:昭和12 (1937)年 構造:鉄筋コンクリート造
戦前の道内事務所建築の代表作で、 当時の建築思想を示す国際建築様式の単純明快な意匠です。
設計は、松井貴太郎(横河工務所)、施工は大倉土木でした。
黒御影石の貼られた玄関や1階の壁は、2階以上の白色タイル壁と鮮やかなコントラストを見せ、新鮮な印象を与えます。 玄関ホールは琉球産大理石で内装されています。
16 日本銀行旧小樽支店


17 旧北海道銀行本店


旧北海道銀行本店
建築年:明治45(1912)年 構造:石造設計は、通りをはさんで建つ日本銀行旧小樽支店 (小樽市指定有形文化財)の設計に携わった長野宇平治で、請け負ったのは地元の加藤忠五郎でした。
銀行建築独特の重厚さをもち、玄関や窓まわりの石組みデザイン、コーナー部分や窓の間隔の変化などに特徴があります。
外観の正面はほぼ創建時の姿で残っています。
18 旧第一銀行小樽支店

旧第一銀行小樽支店
建築年:大正13 (1924)年 構造: 鉄筋コンクリート造
かつて、北のウォール街といわれた地区の中心に位置しています。 外観デザインは飾り気のない壁面に改変されていますが、当初は道路側2面に3階通しの大オーダーが立てられていました。
現在は洋服工場として活用されていますが、内部の2階吹き抜けの営業室は、もとのまま残されています。
19 旧名取高三郎商店


旧名取高三郎商店
山梨県出身の銅鉄金物商名取高三郎が、 明治37 (1904) 年の稲穂町大火後に建てた店舗で、裏手に住宅や倉庫を連ねていました。
角地に建ち、西側と南側に開いた形で防火のための袖壁(うだつ)を設けています。
外壁には札幌軟石が使用されており、上部壁体を鉄柱で支える構造となっています。
小樽の明治後期の代表的商家建築といえます。
20 旧百十三銀行小樽支店


旧百十三銀行小樽支店
建築年:明治41(1908)年 構造:木骨石造
小樽支店の設置は明治26(1893) 年で、当初の店舗はこの通りのもう少し南寄りにありますが、業務拡大に応じ建築されたのがこの建物です。寄棟、 瓦屋根で、 角地に玄関を設け、上部にギリシャ建築を思わせる飾りを配しているのが特徴です。
設計は池田増治郎で、 外壁は石張りとなっていましたが、その後外壁に煉瓦タイルを張り、現在の姿となりました。
21 旧金子元三郎商店


旧金子元三郎商店
建築年:明治20(1887)年 構造:木骨石造
金子元三郎商店は、明治・大正期に海陸物産、肥料販売および海運業を営んでいました。店主金子元三郎は、明治32(1899)年に初代小樽区長に就任し、 その後衆議院議員に数回選出されるなど、 小樽を代表する政財界人でした。
両袖にうだつを建て、2階正面の窓には漆喰塗りの開き窓が収まり、創建時の形態をよくとどめています。
小樽の典型的な明治期商店の遺構といえます。
22 岩永時計店

岩永時計店
この建物は、時計卸商、初代岩永新太郎の店舗として建てられ、 店員で編成された楽団を持つハイカラな商店でした。平成3(1991)年の改修により正面2階のバルコニー、半円アーチ扉、手摺などが修復され、ほぼ創建時の姿になりました。
屋根の装飾、軒のくり型など細部にもデザインが施され、瓦葺き屋根を飾る一対の鯱は商店では珍しい装飾であり、当時の小樽商人の意気込みが感じられます。
23 旧第百十三国立銀行小樽支店

旧第百十三国立銀行小樽支店
建築年:明治国構造:木骨石造
この建物は、小樽支店として建てられましたが、業務拡大に応じ明治41(1908)年にこの通りの少 し北寄りに支店が移されています。
その後、木材貿易商の事務所や製茶会社の建物としても使用さ れました。
平屋建ての比較的小規模な建物ですが、寄棟の瓦屋根に「トンガリ」飾りを付けた和洋折 哀の構成で、明治の面影を良く伝えています。
軒下に刻まれた分銅模様のレリーフが百十三銀行の シンボルです。
24 旧北海雑穀(株)

旧北海雑穀(株)
建築年:明治42(1909) 年以前 構造:木骨石造
この建物は、木材の骨組みの外側に軟石を積んだ木骨石造と呼ばれる構造で、 瓦葺の切妻屋根、開口部には鉄扉が納められています。
また、 正面両脇には、小屋根付きの袖壁が設けられています。
2階には竿縁天井や床の間があり、和室の面影が残っているほか、彫刻模様付きのカーテンボックスや上げ下げ窓が取り付けられており、和洋折衷の意匠になっています。堺町通りに建つ明治時代の貴重な建物のひとつです。
小樽の他のブログは以下です。














